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2012年8月の11件の記事

2012年8月31日 (金)

【病中閑あり】2012年8月貧血老人徘徊記・日の出山(902m)単独無酸素登頂

1.プロローグ
【病中閑あり】2012年8月貧血老人徘徊記・御岳山ロックガーデン

2.♪ああ それが青春
決行日:2012年8月25日(土)日没予定18:17
目標:日の出山(902m)単独無酸素登頂

《日の出山分岐》

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《欧米かっ!》

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《尾根道》
 ゆるい下り。快調に,とばす。
 たらたら歩いていたカップルを抜いていく。

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《日の出山登攀》
 高度差100mの,急な登り。とちゅうで,腰を下ろして休んでいたら,さきほど抜いたカップルに,軽く抜き返された。><

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《日の出山山頂》
 標高9020m!
 死ぬ!

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《山頂よりの景観》

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《昼食》
 朝食の食べ残しの寿司セット。

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《つるつる温泉へ》
 ゆるい下り。快調に,とばす。

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《顎掛岩》
 このあたりから,やや急な下りに変わった。

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《登山道終了》

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《林道》
 舗装林道だが,沢沿いなので,快適である。

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《ようこそ生涯青春の湯へ》

 老人が入浴すると,若返るのだろうか。

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《キバナコスモス》

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《車走ってねぇ~》

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《生涯青春の湯》

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《ゴォオオール》
 バス発車30分前に,よゆうの生還である。

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《SL?》
 バスを待っていたら,なぜかSLが。

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《青春号》
 こう見えても,西東京バスです。

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《増発》
 同時出発のもう1台は,ふつうの路線バス。
 料金も到着時刻も同じ。
 乗客は,温泉帰りのこどもづれが多い。青春号は,混む。ふつうの路線バスは,ガラガラ。
 青春号に乗ったら,青春号が走る姿を見られない。
 どちらを選ぶべきかは,自明の理。

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《トレーラー方式》

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《ゴォオオール》
 17時35分,武蔵五日市駅到着。

 本日27908歩,エクササイズ15444歩,9.3エクササイズ。

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2012年8月30日 (木)

【病中閑あり】2012年8月貧血老人徘徊記・御岳山ロックガーデン

1.プロローグ
 【病中閑あり】2012年8月貧血老人徘徊記・御岳山(929m)単独無酸素登頂

2.ロックガーデン=石庭?
決行日:2012年8月25日(土)日没予定18:17
目標:御岳山ロックガーデン

《空》

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《長尾平展望台》

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《朝食》
 ガイドブックのお勧めに従い,ここで朝食にする。もっと先で滝を見ながらとも思ったが,腰を下ろすのにいい場所があるかどうかわからない。
 おにぎりは,一個200円もするセレブおにぎりである。
 山に来て,一個100円のコンビニおにぎりは,たべたくない。

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《長尾平展望台よりの景観》

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《七代の滝》
 七代の滝には,急な下り道を降りないと来られない。
 土止めされているのだが,水平でない。土止めされていない箇所も多い。
 ザレ場というのか,滑りやすい。一歩一歩踏みしめながら降りないと,滑って,滑落死する。
 ゆっくり歩いていたら,5人以上に抜かれた。

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《急な鉄階段》
 ぜいぜいいいながら登りきって,やれやれと思いきや,それで終わりではなかった。
 土の道をはさんで何個も鉄階段がある。
 登りきるまでに,2回休んだ。下り同様,5人以上に抜かれた。
 七代の滝は,急な下りと登りをしてまで,来るほどのものではない。

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《ロックガーデン 》
 ロックガーデンは,予想よりもいいところであった。
 名前からすると,単に岩がごろごろしている場所を想像するのだが。
 ロックガーデン内のハイキングコースは,高地と木陰のおかげで,真夏でも涼しい。
 腰を下ろして休憩すると,せせらぎの音に,青春のたかぶりがいやされ,動きたくなくなる。

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《綾広の滝》
 滝が,ご神体である。

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《御岳山大岳山尾根道》
 綾広の滝から長い登りをこなして,やっと,尾根道に上がった。
 ゆるい下りで,硬くしまった道で歩きやすい。
 平坦コースなら負けない。どんどん,先行パーティを,抜き去っていく。

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《出たっ!》
 山に行くと必ず遭遇する,トレイルランナー。
 山伏の末裔であろうか。

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《無料ミネラルウォーター》

 ここまでで,持参したペットボトル4本中3本を飲んでしまっていた。
 ありがたく,ちょうだいする。
 冷たくて,(゜д゜)ウマー

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《天狗の腰掛杉?》
 看板が見つからなかった。

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《靴を脱いで休憩》
 日の出山分岐まで,あとわずかだが,分岐にベンチはない。
 神社参道のベンチで休憩。
 ここに来るまでのあいだに,コースはゆるい登りと変わり,いささか疲れた。
 中敷きを立てておくと,湿気がぬけていい。

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《レンゲショウマまつり》
 なにやら,準備中。

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《日の出山分岐》
 楽観値の14時を20分過ぎてしまったが,まだ,よゆうの範囲内である。

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2012年8月29日 (水)

【病中閑あり】2012年8月貧血老人徘徊記・御岳山(929m)単独無酸素登頂

1.プロローグ
 【病中閑あり】2012年8月貧血老人徘徊記・御岳山のレンゲショウマ

2.人生ありゃ苦もある
決行日:2012年8月25日(土)日没予定18:17
目標:御岳山(929m)単独無酸素登頂
《産安社》
 安産?
 関係ないので,参拝スルー。

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《縁がない》

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 武蔵御嶽神社に向かう。

《どっちに行っても大丈夫》
 そう言われると迷う。

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《馬場家》

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《人生山あり谷あり》

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《?》

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《神代ケヤキ》

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《参道売店》

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《武蔵御嶽神社》
 神代ケヤキの近くと,石段のとちゅうとで,計2回休んだ。
 お賽銭一円で,家族の肺がん再発防止と家族の腰痛平癒と自分のIgM低下&ヘモグロビン増加と家族の健康・長生きとWM患者のみなさんの症状改善を願う。

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 拝殿の奥に行く。

《御岳山山頂》
 山頂表示が見当たらなかったが,このあたりが山頂のはずである。
 標高929mの高山に,単独無酸素登頂達成である。

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《神様の長屋》

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《旧本殿》

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《武蔵御嶽神社のレンゲショウマ》

 富士峰園地より小規模だが,ロープがないので,近くで観察できる。
 富士峰園地のロープ際の花は,あまり,いい形のものがなかった。

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2012年8月28日 (火)

【病中閑あり】2012年8月貧血老人徘徊記・御岳山のレンゲショウマ

1.プロローグ
 御岳山は,あの高尾山よりも,さらに高い。山岳修行者が集う,一般人を寄せ付けない高山である。

御岳登山鉄道ケ-ブルカー 国立公園御岳山 奥多摩観光

武蔵御嶽神社menu

治療・病状日誌  御岳山レンゲショウマまつり

2.あまり期待しすぎるとがっかりするもので…
決行日:2012年8月25日(土)日没予定18:17
目標:御岳山のレンゲショウマ
 やっと,土曜日が,ハイキングウォーキング日和になった。
 昨年,御岳山のレンゲショウマ踏破計画を立てたのだが,たしか,天候に恵まれずに挫折した。

 レンゲショウマ開花ピークの土曜日,超絶混雑は覚悟の上だが,長時間乗車となる電車では座りたい。
 そこで,早出することにした。
 しろうとさんが,ホリデー快速おくたま1号でやってくる前に,行ってしまおう。
 帰りは,御岳駅から乗らずに,別ルートで帰れば,座れるだろう。

 ガイドブックでは,「御岳山周遊」と「御岳山から日の出山」となっているふたつのコースをつなげて,一日で踏破することにした。
 御岳駅→(バス,ケーブルカー)→御岳山のレンゲショウマ→武蔵御嶽神社→長尾平→七代の滝→天狗岩→ロックガーデン→ 綾広の滝→日の出山分岐→日の出山山頂→つるつる温泉バス停→(バス)→武蔵五日市駅の予定である。
 日の出山分岐を14時までに出れば,よゆうで,日没前につるつる温泉バス停に着けるだろう。
 あわよくば,17時15分のバスに乗れる。乗れないと,19時10分まで待つことになる。
 つるつる温泉→武蔵五日市駅のバスは1時間に1本だが,なぜか18時台がなく,この時間帯は2時間空いてしまう。バス待ちのあいだに,登山客を温泉に誘導しようとする陰謀に違いない。

《バスほぼ満員》
 yosimineさんのブログ記事によると,この時期は,平日でさえ,バスとケーブルカーの臨時便がピストン輸送とのこと。
 バスの時刻表は事前入手していたが,それは気にせず,御岳駅に着くと,トイレに寄らずにバス停に直行。乗車時間は10分なので,がまんができる。
 バス乗車時には,けっこうすいているかなと思いきや,あとから,トイレに寄っていたジジババ軍団が到着し,一気に混んだ。

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《ケーブル下バス停からケーブルカー滝本駅へ》
 バス停からケーブルカー滝本駅まで,けっこう距離があった。

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《ケーブルカー滝本駅 》

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《見頃です》

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《青号》

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《座れなかった》
 いちばん景観のいい,下側の端に立つ。

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《発車》

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《黄色号とすれ違い》

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《ケーブルカーからリフトに乗り継ぐ》
 料金100円,SUIKA,PASMO不可。

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《靴下はきかえ》
 リフト大展望台駅到着。
 山岳歩行開始前に,しまむらで三足500円のスポーツ風ソックス綿入り!から,モンベルショップで一足1500円!の厚手トレッキングソックスにはきかえる。
 山岳歩行終了時には,また,しまむらにはきかえる。
 電車の中では,薄手のしまむらのほうが,足がラクだ。山岳歩行開始前に,トレッキングソックスに汗を吸わせたくないというのもある。

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《富士峰園地展望台より》

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《御岳山のレンゲショウマ》

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 群生地は,事前に想像していたのよりせまく,植栽密度も低かった。いまは,花数がいちばん多い時期のはずだが。
 ネットで見かける写真は,レンゲショウマの花にズームインしたものばかりで,群生地全体のようすがわからない。
 行列ができるかと予想していたレンゲショウマ見物客は,かなり少なかったが,これは,まだ朝早いせいだろう。
 ホリデー快速おくたま1号のしろうとさんより,30分先行している。

2012年8月27日 (月)

【「粘る稀なガン患者」より無断転載】休眠療法

 今回の転載文は,「【完治をめざして】☆休眠療法」で使用した。

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休眠療法 -1-
2007年2月23日 (金)

日本の幽霊は足がないのにあちらこちらを動き回る。
同じように、意味をはっきりさせず、イメージのみで動き回る「言葉」が最近、とみに増えてきているような気がする。
もちろん、日常使用する言葉について、いちいち「定義」が求められてはやっていられないが、といって、大事な時の言葉が意味曖昧なものでは大変なことになりかねない。

医療では、同じ言葉をある医師が使うのと別の医師が使うのが別の意味であり、さらに、患者は異なる意味で理解するなどということになると命にかかわることもある。

そして、このような曖昧語を駆使して、意図した勘違いをさせるようにたくらむ日本語に熟達した(しかし、良心は未発達な)業者もいるらしい。

前置きはこれくらいにして、最近、気になっているのは「休眠療法」なる言葉である。
イメージはわかるが、その内容などについては、(少なくとも私にとっては)アイマイな部分が残る。

まずは、休眠療法のもととなる「考え方」は
・従来、とかく重視されてきた腫瘍の縮小ではなく、憎悪しないことを評価ポイントとし
・副作用を重視する
と理解している。
この考えには、諸手をあげて賛成したい。

その「結果」として、
・非憎悪ならば抗がん剤の投与量を少なくすることが可能であり、
・極めて副作用を少なくすることができる
とされているようである。
投与量が少なければ、副作用が比較的低くなることは事実であろう。
しかし、「非憎悪ならば抗がん剤の投与量を少なくすることが可能」はどの程度本当なのだろうか。
多くのがん患者が標準投与量(最大投与量)によっても、憎悪が抑えられなかったり、なんとか、変化なしを維持しているのが実情ではないだろうか。
もちろん、抗がん剤の投与を少なくできる人もいることは確かであろう。ただし、これが全てのがん患者にあてはまるとも思えない。「どの程度」本当なのだろうか。
また、投与量が少なければ、比較的副作用が低くなることは事実であろう。しかし、投与量が少なくとも副作用がでる可能性はあろうし、標準量の投与を受けても副作用が低い人もいるだろう。これも「どの程度」本当なのだろうか。
私自身のがんについて言えば、治験論文を見る限りでは、最大量投与しても、縮小する割合は低く、やっと変化なしというのが大勢のようであり、休眠療法の実現可能性に対しては「懐疑的」である。

さらに、休眠療法のほうが延命効果が高いという医師もいる。
どの程度、きちんとしたデーターに基づいているのだろうか。医師の主観というものと、客観的な臨床データー(統計データー)が異なるということもよくあるようである。まさか、単なるその医師の主観で言っているのではないだろうな。
私自身は、きちんとしたデーターをみたこともなく(データーがあるということを聞いたこともなく)、それが本当ならば嬉しいが、たいていの場合は世の中そんなに甘くはないと思っている。「真偽不明」ではあるものの「否定的」といえよう。

あなたの思っている「休眠療法」の内容をはっきりさせるために質問をしたい。もちろん、答えに正解はない。しかし、これによりあなたにとって「休眠療法」が何を意味しているか多少は明確になるかもしれない。
・もしも、「副作用に問題がない、ある投与量で腫瘍が減少した」場合、さらに、腫瘍の減少がみられなくなり変化なしになるまで投与量を減らすのか。あるいは、副作用に問題がなければ、腫瘍が減少するにしくはなしということで、その量を維持するのか。
・どのレベルの副作用を問題なしとするのか。例えば、主観的な副作用として、吐き気について「軽いむかつき」がある場合、投与量を減少させるか。客観的な副作用として、白血球減少は正常値を多少でも下回ったら不可とするのか、あるいは、通常まず影響がみられない(例えば、4000)程度ならばよしとするのか。
・さらに、上記のような条件(あなたなりの回答)で、実際に休眠療法が可能な患者は全体のどれくらいになると想像するか。
・そして、休眠療法のほうが延命効果が高いということは、(1)事実である、(2)仮説であるが正しそう/間違っていそう、(3)虚偽である。

あなたにとっての休眠療法のアイマイさが少なくなってくれれば幸いである。

-------------------------
休眠療法 -2-
2007年2月23日 (金)

休眠療法については、ある意味で、がんに効くと称する健康食品と似たところがある。
どちらも、副作用がなく(あるいは極力少なく)、がんに効くという、そうあれば良いなというものである。
もっとも、一方は「がんが完治」などということをいうことが多いのに、他方は、「がんの増大を押さえる」といっているところが異なる。また、一方は、どう見ても「業者」さんなのに対して、他方は、まっとうな医師がやっている(場合もある)。
なによりも似ているのは、標準的治療よりも優れていると主張するのに、それに見合ったデーターを示さないことである。一方は(どうみても作文としか見えない)患者の体験談(と称するもの)であり、他方は、その医師の体験談程度しか示されない。
もちろん、休眠療法では、投薬量や薬の種類を細かく変更しながら行うのであろうから、通常の治験に相当するようなデーターをまとめることは困難であることは理解できる。
しかし、例えば、患者さんのがんの種類・ステージと休眠期間といったものをまとめて示すことはできないとは思えない。
この程度のデーターでも、標準的治療と比較して、どの程度優れていそうなものか/どれくらい劣っていそうなものか(←副作用が軽微なのだから、多少劣っていても許容するという患者は多いかもしれない)ということについて、おおよその検討をつけることは可能であろう。そして、これが有望なものならば、休眠療法に挑む医師もおのずから増えてくるだろう。

休眠療法を行っている医師に梅澤先生がいる。先生は本のほか、ブログ(「現在のガン治療の功罪~抗がん剤治療と免疫治療」)で積極的に経験を発信されているのでご存じの方も多いであろう。
個人的には、熱意にあふれ、また、病院と診療所の使い分けなどといった患者負担にも配慮なさるというその姿勢には深く敬意を払う。
お目にかかったことはないが「良医」でいらっしゃるのだろうと思う。
もちろん、行っていらっしゃる休眠療法自体については、患者の希望を踏まえたものでありとやかく批評するつもりはないし、また、それだけの能力もない。さらにいえば、もととなるデーターが示されていない。

とはいうものの、ブログを読ませていただく限りでは、いくつか気にかかることがある。
はっきりと言えば、標準的抗がん剤に「感情的偏見」をお持ちのようにも思える。
「標準的に大量の抗癌剤を使って、抗癌剤という爆弾だけでガンと戦っていく治療」だとか「度重なる激しい抗癌剤爆撃」などと書かれている。さらに「現在の、人間が耐えることのできる最大耐用量の抗癌剤を使う標準的な抗癌剤治療では、それと年単位で付き合える人間はほとんど存在しません」とまでされているが、現実には、私の周囲にはその「ほとんど存在」しない方が大勢いる。
もちろん、梅澤医師にいわせれば、そのような「少数例」がいることは否定していないというであろう。
そして、自分の体験では、これは少数例だとおっしゃるだろう(そうでなくては、ブログで書かれている趣旨と違いすぎる)。しかし、先生のもとに来ている患者さんは、副作用が強く標準的抗がん剤を許容できなかった人が大多数のはずであるから、梅澤医師の体験は「偏ったもの」にすぎない。梅澤先生のもとに行っている患者よりももっと多くの患者が標準的抗がん剤を許容できる範囲の副作用で受けているのかもしれないのである。
少なくとも、梅澤医師の経験は(休眠療法を積極的に希望している患者という)限られたものであるはずである。
それにもかかわらず、このような断定的な表現(それも、読む人の「感情」を刺激するような)をとられるのは軽率ではないでしょうか。

また、標準的抗がん剤治療について「「無治療よりは○ヶ月だけ長生きできる」というご立派なエビデンス・・・標準的な抗癌剤治療に対してどれだけの患者さんが満足できるのでしょうか」とか「エビデンスどおりの治療を行い、エビデンスどおり結果に終わる。」と書かれます。しかし、これには二つの問題があります。
エビデンスというのは平均ですから、当然、これよりも結果の良い方もいます。また、効果が出なければ、ただちに、次の選択薬を試すはずです。したがって、「エビデンスどおりの結果に終わる」と断定できるわけはありません。
なによりも、私も、確かに現在の抗がん剤治療に満足はしていません。しかし、それ以上に重要なのは、よりベターなことが示されているものがないということです。
梅澤医師が、このような批判を行うからには、ご自身の休眠療法がベターなものであることを(体験談ではなく)示されることが先決のはずです。
患者が「満足していない」ことは事実です。しかし、より良い治療を示さずに、とりあえず最有力とされているものを批判するのは医師としてどうなのでしょうか。

また、胃がん手術について「先ずは、内視鏡手術が可能であるか否かを納得のいくまで調べてみることは重要だと思います。取ってしまった胃は、二度と戻りませんから・・・・
また、内視鏡手術が不可能な患者さんでも、 お腹を大きく切る手術ではなく、・・・腹腔鏡での胃切除手術」と書かれているがこれについても梅澤医師の姿勢が感じられる。
内視鏡や腹腔鏡が患者の受ける負担が少ないことはいうまでもない。しかし、その反面、開腹手術では容易に確認できる腹内の状況(某医師によれば開腹手術は最大の検査だそうだ)の確認についてはマイナスとなることも忘れてはならないはずである。
本当に早期ならば、このようなマイナスは問題とならないだろう。しかし、適用かギリギリの場合は、このようなことも含めて判断されるべきだろう(もちろん、最終判断は患者)
短期的な患者の負担軽減を重視し、総合的な患者の利益を低く思われていなければ幸いであるが。

最後に、梅澤医師は免疫を重視されており、標準的抗がん剤やその他の薬で免疫が落ちるということに反対しているように見える。例えば「白血球の減少が無い患者さんでは、ご自身の肉体が作り出しているそれは大きな力を発揮」とか、「免疫力を落としてしまったならば、抗癌剤だけでは、ガンとはとても戦えません」あるいは「免疫力を確実に落とすことが分かっているステロイドは極力使わない」などと書かれています。しかし、がん治療に対して免疫が無意味というつもりはありませんが、ここでいう免疫は、当該がんに対する特異的な免疫のはずです。そして、承知している範囲で、この特異的な免疫についてきちんと測定もできませんし、また、実際にどの程度の意味があるものかも不明なはずです。
免疫が大いに力を発揮していることを否定はできませんが、逆に、大した意味を持たないかもしれないということも否定はできにいでしょう。一言で言えば「不明」というのが正しいのではないでしょうか。
もちろん、梅澤医師がそのような考えを持たれるのは結構ですが、といって断定的にいわれるのはどうなのでしょうか。

いずれにしても、休眠療法の有効性は、まだ示されていない(肯定的にも否定的にも)というのが正解でしょう。
有効性が示されていないということを理解した上で、休眠療法にトライされるのは一つの選択です。しかし、休眠療法が「宣伝どおりの」効果があるに違いないと信じて治療を受けようとするならば(対象が「まがい物」と「可能性がある物」という大きな違いはあるにしても)がんに効くと称する健康食品を購入するのと大差はないでしょう。

ところで、休眠療法の基本的考え方(と理解している)の「がんの縮小ではなく非憎悪重視」「副作用重視」には同感です。
とはいっても、一部の抗がん剤が効きやすいがんを除けば、非憎悪重視は当然でしょうし、標準的抗がん剤治療にしろ、そうでないにしろ、ほとんどの抗がん剤治療の現場はこれによっているのではなかろうかと思います。
また、「副作用」についても、耐えられないような副作用が出ているのにこれを無視して、薬の減量や変更をしない医師は少ないでしょう。(ゼロではないのは問題ですが)
標準的抗がん剤治療にしても、効果や副作用に応じた変更というのがその前提にあるべきですし、だんだんとそのようになりつつとあるという印象を持っています。

とすれば、一昔前の「硬直した抗がん剤治療」に対する「アンチテーゼとしての休眠療法」の意味は薄くなりつつあるのではないでしょうか。
そのような理想論・感情論ではなく、データーをもってその優位性を示すことが求められているような気がします。
(いまだに、標準的抗がん剤治療=最大限の薬の量しかできない、それでいて、副作用を抑えきれない医師の存在という問題を無視してはいけませんが)

最後に、私の場合は、「がんの縮小ではなく非憎悪重視」「副作用重視」ではあるものの、それこそ最大限に近い抗がん剤により「変化なし」が維持できています。また、これまでのところ、無理なくこれにつきあえています。
やっと「変化なし」が維持できているのに、薬量を減らしてみるような「勇気」は私は持ち合わせていません。
休眠療法のいうように少ない薬量(副作用ほとんどなし)でこれが可能ならば、一つの「理想」ではありますが、といって、可能性に過ぎない(それも私の判断では、かなり可能性の低い)理想のために現実を賭けるつもりはまったくありません(少なくとも現在のところ)。
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2012年8月26日 (日)

【「粘る稀なガン患者」より無断転載】「効用の最大(?)化」と「病院選択」

 今回の転載文は,「【情報】安易に名医やいい病院を教えろというひとびとへ」で使用した。

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2009年5月18日 (月)
「効用の最大(?)化」と「病院選択」

経済学でよく用いられている用語に「効用」(utility)」がある。

Wikipediaで「効用」を検索し、その一部を抜粋すると。
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効用

効用(こうよう)とは、ミクロ経済学の消費理論で用いられる用語で、人が財(商品や有料のサービス)を消費することから得られる満足の水準を表わす。対語は非効用(不満足)。見込まれている効用は期待効用

近代経済学においては、物の価値を効用ではかる効用価値説を採用し、消費者の行動は、予算の制約のもとで効用を最大にするように消費するとされる。また利潤の最大化をめざす企業部門に対し、家計部門は効用の最大化をめざすものと仮定される。一方、マルクス経済学においては、物の価値を労働ではかる労働価値説を採用している

効用を測定する方法としては、基数的効用(Cardinal Utility)と序数的効用(Ordinal Utility)とがある。前者が効用の大きさを数値(あるいは金額)として測定可能であるとするのに対して、後者は効用を測定不可能ではあるが順序付けは可能であるとする点で異なり、両者の違いは、これは効用の可測性の問題として、効用の概念の発生当初から議論の対象であった。
当初は基数的効用の考えが主流であり、効用は測定可能で、各個人の効用を合計すれば社会の効用が計算され、また、異なる個人間で効用を比較したり足し合わせることも可能であると考えられた。
しかし、効用の尺度として客観的なものを見出すことができなかったため、現在では多くの経済学者が、「ある選択肢が、他の選択肢より好ましいかどうか」という個人の選好関係をもとに、より好ましい財の組み合わせはより大きな効用をもつ、という意味での序数的効用によって効用を考えている。序数的効用では効用は主観的なもので、異なる個人間で比較することも、各個人の効用を足し合わせて社会全体の効用を測定することもできないとされる。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%B9%E7%94%A8
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効用といっても、さすがにすべてのものが同一尺度で計測できる(ということは、金銭に置き換えられる)という「基数的効用」については素朴すぎて、人間の実態に合わないと感じる。
それに比べれば、人間は意識・無意識にかかわらず、常に物事を選択しているはずだから、AとBを比べてどちらが望ましいかという順位付けのほうが、より正確なように素人ながらも思える。(もちろん、同一人物であっても、この順位は不変ではなく、環境条件などにより異なることはあろうが、ある一瞬をとらえれば順位付けができるはずである)。そうでなければ、等距離に置かれた二つの干し草のどちらも選択できずに飢え死にしてしまったロバになってしまう。

そして、「行動は、その置かれた制約のもとで効用を最大にするようになされる」という近代経済学の仮定もごく当たり前のように思える。
しかし、これには反対もあるらしい。

「市場の秩序学」(塩沢由典、ちくま学芸文庫)の第7章及び第8章を参考にしながら説明したい。

第一の反対は、人間の行動はそれほど合理的なものでなく、衝動買いのような非合理に満ちているというものである。
しかし、客観的に非合理に見えようと、あるいは、冷静になってから後悔するとしても、その人にとって、その瞬間は効用を大きく判断していたということだろう。衝動買いほど極端でなくとも同一物への評価が異なってくるというのは普通のことである。
それ以上に、衝動買いのような非合理が存在するとしても、全体から見れば、合理的な選択がなされているので、経済全体を考える経済学としては反論に当たらないというほうが「経済学」らしい意見かもしれない。

第二の反対は、効用を最大化するというなかには、将来時点で手に入る財の購入や将来に備えての貯蓄が含まれるが、その判断は当然将来のできごとに依存する。そして、未来は人間にとって不確実なものであるから、個人の効用最大化の選択能力はおおいに制約されるというものである。
しかし、人間は、意識・無意識にかかわらず、将来のことも念頭に入れながら、常に行動しているはずである。もちろん、その予想にどれだけの脳内資源を割いているのか、とか、どの程度正確なのかということは問題ではあるが、といって、将来が不確実だからといって、目の前のことを選択(行わないという選択も含めれば)しないことはありえない。
これは、効用最大化の判断と、その結果(時間がたった後の)を見れば、必ずしも最適ではなかったということであり、選択の時点で効用最大化の判断がなさけれなかったということではない。

第三の反対は、もっと興味深いものである。
効用を最大化するためには、対象物について知らなければならない。知らないものについて価値判断はできない。
ところで、あなた(一人の人間)は、どの程度の数のものについて、きちんと効用を判断するに足る知識を持っているだろうか。
10個はあるだろうし、100個あるかもしれない。しかし、一万個とか十万個ならばどうだろうか。
ちなみに大型のデパートの商品数は十数万個らしいので、デパートの買い物で効用最大化しようとしても知識不足で途方に暮れることになってしまうというものである。
たしかに、経済学は、経済学として取り扱えるようにするために多くの仮定(単純化)を置いているが、それが現実にあっているとは限らない。
第一の反論も同根であるが、人間は決してスーパーマンでも合理的人間でもない。ただ、現在の人間の限られた能力の中で経済を研究しようとすると、このような単純化をせざるをえないというだけのはずである。
ややもすると、単純化のために行った仮定が現実であり、仮定と異なる現実が間違っているとする学者がいらっしゃるようであるが勘違いされては困る。
もちろん、このような観点からの経済学もあり、興味深い結果を出しているらしいが、(私が)知らないことを(私が)このブログで論じることはできない。(←たまには、知らないのに知っているふりをしていることもないと断言しないが。)

第四の反対も興味深い。
第二・第三の反論は、人間が全知のスーパーマンでないということを論拠にしているが、よしんば、人間が全知のスーパーマンであり合理的人間であるとしても、「現実的」に最大効用の選択は不可能であるというものである。
例えば、与えられた予算の中で10個の商品のどれを買うか(及び現金として取っておくか)について、最大効用を考える。
この際、注意しなければならないのは、A及びBという商品の各単独の効用と、AとBを同時に有することの効用は異なるということである。同時に持つことにより、相補い個別よりも良くなることもあれば、ほぼ同じものならば、二つ持ったからといって、ひとつ持つ以上の効用増加は少ないかもしれない。つまり、いろいろな組み合わせを、それぞれ比較するしかないということである。
10個の商品について、それぞれ買う・買わないという選択があるのだから、組み合わせは荷の十乗で約1000。1000のものをそれぞれ比べると約50万回の比較が出てくる。
もちろん、予算の枠内とは限らないので、その比較が必要であり、逆に、これにより候補が絞られて楽になるかもしれないが、いずれにしてもかなりの数の判断が必要となること自体は間違いないであろう。
ちなみに、ひとつの判断を、脳機能にとって瞬時といえる0.01秒としても50万回の判断には1時間20分かかる。
所要時間は累乗的に増えるので、20個ならば組み合わせは百万以上、比較判断は五千億回以上となり、簡単に人間の一生を上回ってしまうだろう。
もちろん、厳密な効用最大化ではなく、おおよその効用最大化(例えば、厳密な最大化と誤差数%)とすれば、かなり時間は短縮できるが、といって、それほど商品数が増やせるわけではない。
これについては、効用最大化とは別の原理がいくつか提案されているようであるが(例えば、ある行動は(他の可能な選択肢と関係なく)あらかじめ決められたある希求水準を超えていれば選択されるという「満足原理」。)

もちろん、この「満足原理」に従っうことがベストとは限らない。
ある商品を買った後で、もっと高い希求水準を満たす商品が現れたが、もはや予算の関係で買えないということもあろうし、最初に甲商品を買っていたがために、後で見た乙商品の効用が低くなってしまったが、甲商品を買う前に乙商品を見ていれば、乙商品のほうが絶対的にも(価格に対して)相対的にも効果が高かったということも起こるであろう。
つまり、この原理に従うときは、人はしばしば後悔することになる。
こうした事態を避けるためには、希求水準の調節が重要である。希求水準が高いほど失敗が少ないという意味で賢明な買い手になるが、あまり高くなると何も買えなくなってしまう。

経済学に照らしてみると、本当に買い物とは難しいものである。
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経済学者でなくとも大変な選択はある。そして、その効用の大小が日常の買い物(しばしば後悔することがあっても大きな悪影響はない)とは異なり、その効用の大小が大問題なものもある。

(お金持ちならば別であろうが)マンションなどの不動産や自動車という高価であるが、買い替えることが少ないものはその典型であろう。
しかも、これらは、高価であり、買い替えることも少ないため、経験・知識が十分であるとは限らないからなおさらである。

ところで、がん治療での病院選びも重大な問題のはずである。
がんの治療が成熟しており、どこの病院であろうと同様の治療がなされる(と思っている人も多いらしいが)ならばともかくとして、個々の病院により、技術・能力そしてどのような治療を目指すかということがバラバラな現在では、なおさらである。
(もっとも、早期がんで、かなりの確率で手術しておしまいということならば、病院によるバラつきも少ないので、それなりの病院ならば大差はなかろうが。)

しかし、買い物同様に、がん治療の病院選びに効用最大化を図ることは現実的には困難である。

まずは、「衝動買い」。
○○ がんセンターとか大学附属病院という名前に衝動買いをしてしまう危険性である。標準的治療という考え方が広がった現在ならば、このようなブランド病院ならば明らかに誤った治療はされない可能性が高いので実害は低いだろうが、自分が受けたい治療についてきちんとした希望をお持ちの方ならば、それとのギャップに不満を持たれるかもしれない。
それ以上に問題なのは、甘い言葉のトンデモ医療機関に引っかかってしまうことである。
また、トンデモに近い病院を無知なマスコミがスーパー病院であるかのごとく報道したりすることもあるから、注意が必要である。
人間には衝動買いのような、客観的に見れば不合理極まりない選択をしてしまうことがあるということを理解して、うまい話には衝動買いすることなく、主治医なりセカンド・オピニオンという冷静な第三者の意見を参考にすべきであろう。

第二の「将来不確実性」。
たいていの患者は、がんになったのは初めてだろう。また、家族などにがんにかかられた方がいたとしても、その経験どおりになることは少ないであろう。
もちろん、調べれば、「平均的」な経過はわかるだろうが、平均どおりに経過をたどる方は少ないはずである。
つまり、将来、どのような治療が必要となるのかについて、十分な情報もないし、あったとしても、それがそのまま当てはまることは少ないのである。
極端な場合、間違いなく早期がんと診断されたため、外科手術能力を重点に病院を選択したのに、開腹してみたら転移が見つかったとか、確率が低いのに運悪く再発してしまい抗がん剤治療が必要となる可能性もある。
ちなみに、外科・内科(抗がん剤)・放射線・緩和といったすべてに優れた病院を選べばよいと思われるかもしれないが、少なくとも、現在の日本にそのような病院は存在しない。よしんば、それに近い病院があったとしても、ほとんどの場合、治療科ごとに独立しており、実態は、専門病院の集まり、つまり、受診している以外の科での治療は受けられないことが多い。
将来は不確実であり、場合によっては転院が必要となること(あるいは望ましくなること)もあり得ることを常に念頭において、一つの病院に「頼りきりになる」ことは損かもしれない。

第三の「情報不足」。
自由診療の病院(なぜか「?」の病院が多い)を除くと、医療機関の宣伝は極めて限定されたものしか許されていない。
そのため、個々の病院で、どのような治療がおこなわれているのか、また、そのレベルはということを調べようとしても困難である。
病院によっては、HPなどで、治療方針を掲げているところもあるが、抽象的で具体的な内容には結びつかないし、さらにいえば、掲げられた治療方針と実態が一致しているとも限らない。
なお、○○病に対する病院ベスト100のたぐいの情報は、限定された情報をもとに著者の主観により書かれているものが大半であり、「当たらずとも遠からず」ぐらいに思わなければならない。
ある医師(外科)が書かれていたことの中に、「医師どうしの情報ですら当てにならないことがある。医師の間でうまいといわれている先生の執刀を見てみるとたいしたことがないこともある。はっきりと言って、一緒に手術をした医師の評価はできるが、それ以外の医師の評価はできない。」という趣旨のことがあった。
一番、情報に接することが多い医師であってもそうなのだから、外部の患者に十分な情報がわかるわけはない。
また、実際に治療を受けている患者からの情報であっても、主治医が良いだけかもしれないし、さらには、たまたまその患者と主治医のウマがあっただけかもしれないのである。ついでに言えば、その患者は他の病院を知らないだろうから、他との比較ではなく、自分の主観を述べているにすぎないことも忘れるべきではない。
少し脱線するが、抗がん剤治療を行う病院ならば、使用している抗がん剤の一覧程度は示してほしい。もっとも、逆に、患者側に情報の理解能力がないから、病院側も情報提供しても仕方がないと考えているのかもしれない。例えば、使用している抗がん剤の一覧から、おおよその抗がん剤の治療レベルを推測できる私のほうが異常なだけかもしれない。
それにしても、一度選んだら、転院というのは想像以上に大変であるし、場合によっては、ほぼ不可能かもしれない。
如何にして、情報を集めるかというのは、後悔しない買い物(病院選び)のための大きな課題であろう。

第四の「現実的に評価困難」。
病院の選択においても、考慮すべき要素は多い。
外科・内科(抗がん剤)・放射線・緩和などの各治療レベルやもととなる方針。これだけでも多くの要素が出てくるだろう。
さらには、通院時間なども関係しようし、中には、病院の建物が立派かということを気にする方もいるだろう。
看護師さんもポイントかもしれない。
もちろん、ブランド病院に入りたいという方もいるだろう。
これらの要素の多くは比較困難なものである。例えば、ある特定の治療についてのレベルと通院の容易さを比較することは、困難であろう。
多くの、かつ、比較の難しい要素を、厳密に比較考慮し、最大効用の病院を探そうとしても、回答が見つからないかもしれない。

であれば、厳密にベストな病院を選択しようとするよりは、満足レベルに達する病院を探すほうが現実的であるかもしれない。
そして、その際のポイントは、希求レベル(求める満足レベル)の設定であり、これが低すぎれば、後で後悔する確率が高くなろうし、高すぎれば「ないものねだり」となってしまうだろう。

希求レベルの具体的な設定は、個々人の価値観に負うところが大きいだろうから、具体的に書くべきものではないだろう。
ただし、希求レベルの背後には、どのような治療が受けたいのかという患者のポリシーがなければ不十分なものしかできないだろうし、どのような治療が受けたいのかということは、患者自身が望ましいと考えている生き方に裏打ちされたものでなければ「もろい」ものになってしまうと考えるが、どうだろうか。

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2012年8月25日 (土)

【「粘る稀なガン患者」より無断転載】このカテゴリーは

 かって「粘る稀なガン患者」というブログがあったが,ブログ主逝去(推測)にともない閉鎖された。
 合理的論理的な思索をつづった非常に質の高い記事ばかりであったが,いま,それを読むことはできない。

 わたしは,自分の書く記事の参考にしようと,「粘る稀なガン患者」ブログより,いくつかの記事をとりこんでいた。
 しかし,超絶多忙のために,記事作成がはかどらない。
 ふと,わたしの駄文を付け加えるよりも,そのまま公開したほうが,だれかの役に立つのではと思いたち,そうする次第である。

2012年8月12日 (日)

【病中閑あり】2012年7月貧血メタボ老人徘徊記・古代蓮の里二席目~世界の蓮(画像100枚)

1.プロローグ
【病中閑あり】2012年7月貧血メタボ老人徘徊記・古代蓮の里

2.睡蓮は蓮ではない

決行日:2012年7月28日(土)
目標:古代蓮の里
日没予定:18:49

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《キバス》

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《オニバス》
 鬼バスというから大きいのかと思いきや,非常に小さい。

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《なんとかの丘》

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《世界の蓮》
 世界の蓮画像でお楽しみください。

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《シャトルバス》
 シャトルバス行田駅行き11:10のあとは12:40なので,11:10に乗りたかったが,1本前の10:40に乗ることができた。
 これから,行田城跡経由で古墳公園に向かう。

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2012年8月10日 (金)

【情報】NCCNのWMガイドライン2013年1版に改版

 いつもお世話になっているギタリストの一休さんの
ミエローマと私
より。
 リンパ腫であるWMまでカバーしてくださり,ありがとうございます。<m(__)m>

 NCCNガイドラインのワルデンストレーム・マクログロブリン血症が2013年1版に更新されたそうです。その前が2012年1版のようなので,WMにかぎっては,2版3版はないのね。

ワルデンストレーム・マクログロブリン血症のNCCNガイドライン  

2012年第1版からの変更
WMLPL-1
・「CBC、分画、血小板数」に表記が修正された。
WMLPL-B
・救援療法のオファツムマブ(リツキシマブ不耐容患者向け)で、「リツキシマブ不耐容の患者に対してはオファツムマブを単剤または併用で使用してもよい」の脚注が追加された。
・脚注4が「これらのレジメンは治療関連神経障害に関係し、疾患関連神経障害を認める患者に対しては使用を控えるべきである。考察を参照のこと。」に変更された。

 大きな変更はないようです。

2012年8月 6日 (月)

【病中閑あり】2012年7月貧血メタボ老人徘徊記・古代蓮の里

1.プロローグ
 3週続きで土曜日雨もようで,徘徊に出られなかった。
 最初の2週は箱根あじさい電車踏破予定だったが,晴れ待ちのあいだに,みごろを過ぎてしまった。
 3週目は,見ごろとなった行田の古代蓮園の里をねらっていたが,くもり時々雨の予報で挫折。
 平日は治療と治療代稼ぎ,平日夜日曜は本業で,徘徊できるのが土曜日くらしかない。土曜も,本来は本業なのだが,さぼっている。
 21日に行けなくて,もう見ごろ過ぎとことしはあきらめたのだが,23日月曜日に,NHKニュースで,古代蓮の里が見ごろを迎えたとの,ヒマネタ。
 再度,古代蓮の里サイトを見たところ,まだ,「見ごろです」となっていた。
 毎年の記録を見るに,ことしは,例年より2週間ほど開花が遅いようだ。
 しかし,24日情報では見ごろだったのが,26日情報では開花数ピークの終わりという表現に変わった。世界の蓮エリアは,一部花たくがめだつとのこと。

2.ハスの朝は早い
決行日:2012年7月28日(土)
目標:古代蓮の里
日没予定:18:49
 ここのハスは,8時ごろ満開となるそうだ。その後はしおれていき,花の命は午前中ということだ。
 ハスの名所は,なかなか遠方から行きにくい。
 しかし,ステロイドドーピングしていると,朝早く,目が覚める。
 それを利用して早朝起床して,遠路はるばる北関東まで,やってきた。
 開花数ピークの終わりということで,来年に延期も検討したが,来年はステロイドをやっていないだろうから,早起きができない。

 高崎線で,上野駅発6:55,行田駅着7:55。ちょうど1時間である。
 行田は,あの熊谷の隣。
 貧血メタボ老人にとっては,死にに行くようなものである。

《モンベルパラソルハット一部メッシュ使い》
 つばの大きさは,最大級。
 2800円。ほどほどの値段だが,別売りあごひもが800円もする。
 風に弱いので,あごひもは必須である。

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《行田駅》
 ここまで来ると,北関東というより南東北か。

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《古代蓮の里》
 シャトルバスで,着いたのが8時半。
 東北は遠い。
 開花のピークは8時だそうだが,地元民でもないかぎり,そんな時刻に来られない。

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《蓮トイレ》

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《行田蓮(古代蓮)》
 展望塔は蓮会館の一部で,入場料400円かかる。
 華麗にスルー。

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 行田蓮エリア踏破完了。

2012年8月 4日 (土)

【治療経過】2012年8月

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(2007年6月診断告知・病名:原発性マクログロブリン血症≒リンパ形質細胞性リンパ腫(低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫の一種)・形質細胞6%(2007年6月)→2007年7月よりアルキル化剤シクロホスファミド(50mg/day)13週間→2007年10月IgM値改善のため休薬→8週間毎検査にて経過観察続行→2008年11月~2009年2月IgM値悪化のためMP療法(メルファラン計120mg)→2009年2月IgM値改善のため休薬→8週間毎血液検査→2009年10月4週間毎血液検査→2009年11月~12月週1回リツキシマブ630mgを4クール→2009年12月シクロホスファミド(50mg/day)4週間→2010年1月CP療法(シクロホスファミド50mg+プレドロニゾン10mg)/day)2週間→(シクロホスファミド50mg+プレドロニゾン5mg)/day)2週間→2010年2月休薬→11月CP療法(シクロホスファミド50mg+プレドロニゾン5mg)/day)→2011年8月休薬→2012年3月BDR
----------------------------------
 IgM4690(3/14)→2400(4/12)→1134(5/24)→1040(6/21)→1280(7/26)で悪化,よく言って平衡。治療終了時の目標として,500くらいまで下がることを期待していたのですが,1000ぐらいまでしか下がらないようです。
 まぁ,しょうがない。
 IgM下げ止まりの一方,IgGが順調に下がってきてしまった。><
 ♪思いどおりには行かないものね

<血液検査結果抜粋>
Chart20120805

 過去のデータは,
重要情報ピックアップ>5.過去の<血液検査結果抜粋>

を参照ください。

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