お知らせ

  • 2014年4月25日 (金)新ブログに移行しました。
フォト
2016年9月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

最近のトラックバック

« 【病中閑あり】2012年3月貧血メタボ老人徘徊記・池上本門寺(画像のみ) | トップページ | 【病中閑あり】2012年2月貧血メタボ老人徘徊記・塚山公園(画像のみ) »

2012年4月13日 (金)

【雑感】イレッサ高裁判決は明快な論理

《関連記事》
【雑感】副作用を誰かの責任にするというのは、医療が成り立たなくなるということでございます

【雑感】イレッサ裁判について,かう考へた。

 昨年の話であるが,2011年11月15日,イレッサ東京高裁判決が出た。
 原告団は,判決が出るやいなや,裁判所から飛び出して,「不当判決」という垂れ幕を掲げたのだろうか。
 あれって,セレモニーやね。
 あの役,一度,やってみたい。^^;

 さて,原告団にとっての「不当判決」は,とうぜん,原告団以外のがん患者にとって,「妥当判決」である。

イレッサ東京高裁妥当判決の解説

    添付文書の説明の対象者は癌専門医又は肺癌に係る抗癌剤治療医であると認められる。
    承認時においては、イレッサと間質性肺炎の因果関係があるとまではいえず「因果関係がある可能性ないし疑いがある」にとどまっていた。
    癌専門医又は肺癌に係る抗癌剤治療医であれば致死的な可能性を読み取ることが可能なので合理性を欠くとは言えない。
    『分子標的薬には従来の抗癌剤に生じる副作用が生じない』予備知識があっても、副作用を全く生じない医薬品ではないことは容易に理解し得た。
    添付文書第1販の記載から間質性肺炎の致死性の可能性を読み取ることができない者は添付文書の記載を重視していなかったものというほかない。
    患者本人やその家族が分かるように記載することは医薬品の添付文書の趣旨,目的の範囲を趨える。

以上のような理由により、指示・警告上の欠陥はないとした。

アストラゼネカ ジャパン:プレスリリース

弊社は医師および進行非小細胞肺がん患者さん、とくに標準化学療法が奏効しなくなった患者さんに、イレッサという治療選択肢を提供してきたことに誇りを持っています。今後も弊社は適切な情報提供に努め、多くの進行非小細胞肺がん患者さんにイレッサの恩恵を享受していただけるよう邁進してまいります。

56歳団塊退職起業-62歳がん闘病廃業+イレッサ回復日記:イレッサ高裁判決は明快な論理 - livedoor Blog(ブログ)

イレッサ高裁判決がまた出てどうかなと思ってましたが、明快な論理で決着が着きました。

さすがに高裁では、きちっと筋を通すんでしょうな、納得です。

裁判と言う物が論理に裏付けられているとすればこうしか有り得ないストーリーでしたから、その通りです。
まず、イレッサが薬害だと訴えたのですが、私のように2年前に死んでた筈の者がイレッサで助かっている人がNHKの集計によれば年間7000人新規にいるんですから、その方々から薬を取り上げるわけにはいきません。

薬であり、害ではありません。

2つ目は副作用ですが、これは当時も今も同じ薬で何も変えていません。

だけど副作用の間質性肺炎で亡くなった方が当時年100人ぐらいおられたでしょうが、今は数人です。薬が同じなのになぜ減ったかというと、間質性肺炎に対する医師の技量の問題です。

製薬会社の問題と言うより、医師の処置の問題です。みすみす死んでしまった遺族は、ほっぱらかした医師を訴えるべきです。医療体制の問題です。

 だれかのせいにしたいのなら,医師を訴えるべきである。
 NHKニュースに出てきた原告団のひとりも,医師から説明がなかったと言っていた。

イレッサ訴訟の背景①期待値が高すぎた|がん治療の虚実

がん専門医は抗がん剤の特に新薬の危険性はわかっているのだが、一般人であるがん患者と家族は報道を鵜呑みにして期待値をあげてしまったため、副作用で死ぬという事に我慢できなかったのだろう。

つまり報道では「薬害」訴訟とされているが、通常の「薬害」とは意味が違う理由を次回から解説する。

 「薬害」ではないのだ。

イレッサ訴訟の背景②夢の新薬とあおらなければよかった?|がん治療の虚実

イレッサ訴訟の背景③副作用が少ないとどうなるか|がん治療の虚実

イレッサ訴訟の背景④問題点に回答すると|がん治療の虚実

イレッサ訴訟の背景⑤今やイレッサは第一選択薬となった|がん治療の虚実

 第一選択薬となる薬を「薬害」呼ばわりする原告団。
 訴訟戦術なんでしょうが,ひきょうとしかいいようがありません。

Vol.340 イレッサ事件から何を学ぶべきか?その一 - MRIC by 医療ガバナンス学会

日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授 
勝俣 範之

このように、本来では投与されるべきでなかった患者に対するプロ意識に欠如した医師によるエビデンスに従わない安易な過剰投与が行われたことが、イレッサ問題の根本原因であり、その結果、イレッサによる死亡例が顕在したと考えられる。

 「その一」とあるので,「その二」が出るのを待っていたのだが,出ないので見切り発車。

 訴えるべきは,「本来では投与されるべきでなかった患者に対するプロ意識に欠如した医師」である。
 しかし,医師を訴えた場合,一対一の戦いとなる。
 訴訟費用は,個人で負担しなければならない。
 原告団を組んで,添付文書の説明が原因という詭弁を弄して,国や製薬会社を訴えたほうがラクチンである。
 みんなで騒げば,マスコミにもとりあげられるだろう。

 それは,訴訟戦術としては理解できる。
 ただし,それは,第三者の不利益とならないという大前提の上である。

糾弾されるべきイレッサ訴訟原告

被害を受けたのならば、その責任を追求するのは当然の権利である。しかし、その権利は、他の患者を不幸に陥れる免罪符にはならない。

« 【病中閑あり】2012年3月貧血メタボ老人徘徊記・池上本門寺(画像のみ) | トップページ | 【病中閑あり】2012年2月貧血メタボ老人徘徊記・塚山公園(画像のみ) »

雑感」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/501370/54441914

この記事へのトラックバック一覧です: 【雑感】イレッサ高裁判決は明快な論理:

« 【病中閑あり】2012年3月貧血メタボ老人徘徊記・池上本門寺(画像のみ) | トップページ | 【病中閑あり】2012年2月貧血メタボ老人徘徊記・塚山公園(画像のみ) »

重要情報ピックアップ

無料ブログはココログ