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2010年5月の9件の記事

2010年5月31日 (月)

【病中閑あり】2010年近場の旅・深大寺

1.プロローグ
 神代植物公園にバラを見に行く計画を立てたが,ガイドブックを見ると深大寺のそばである。
 深大寺には,こどものころ行ったという記憶はあるが,行ったという記憶のみで,どんな所か覚えていない。

深大寺ホームページ【厄除元三大師 深大寺】東京都調布市

2.信州信濃のそばよりも…
決行日:2010年5月29日(土)
目標:浮岳山深大寺
 バスを降りて,観光案内所に置いてあった深大寺境内マップをかすめて,10時50分行動開始。
 ガイドブックのモデルコースでは,深大寺城趾→水生植物園→深大寺→神代植物公園→国立天文台となっていたが,神代植物公園から国立天文台は,徒歩50分かかる。バラ鑑賞に時間をとられそうなので,国立天文台はむりっぽい。

《水生植物園(都立神代植物公園分園)》

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《毎度おなじみ,ハナショウブの仲間の解説》

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《ハナショウブの仲間》

 ちょうど1年前に行った生田緑地ではハナショウブの花を見ることができたので,ここでもと期待したが,気の早いやつが一輪二輪と咲いている程度だった。このところの,低温のせいか。

2009年花をたずねて三千里・生田緑地&ばら苑編

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《キショウブ》
 キショウブは,花期が早いのか,あちこちで見られた。

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《水鳥なのに》
 園路をよちよちと歩き回っていた。
 じゃまなんですけど…。

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《深大寺城趾》

 発掘された城の柱跡に石が置かれていた。

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 深大寺に向かう。

《不動堂》
 お賽銭1円で,家族の病気平癒と自分のIgM低下&ヘモグロビン増加を願う。

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《深大寺山門》

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《翠子地蔵》

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《本堂》

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《そば盛り観音》
 もとい,そば守観音。

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《木島平米を育てています》
 調布で育てたら,それは,調布米になるのではないだろうか?

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《水車館》

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《手づくり郷土賞》

 ん?前に見たことがあるぞ。
 と思ったが,それは府中だった。ここは,調布。似ている。
 あちらは,大賞だった。

【病中閑あり】2010年近場の旅・府中市郷土の森博物館

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《元三大子堂のおびんずる様》
 おびんずる様の木像の,自分のからだの悪い所と同じ場所をなでると,治るらしい。
 ありがたや,ありがたや。

 で,血液病患者は,どこをなでればいいのか?
 結局,頭をなでた。

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《1500円!》
 ふだんは,立ち食いソバしかたべないのだが。
 てんぷらの量は多いが,1500円は少し高い気がする。観光地価格か?
 おいしかったから,いいけど。

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《延命観音》
 秋田県象潟の海中より出現って,なんで,ここにある?
 なんでも取り込む深大寺グループ。
 お賽銭1円で,家族の病気平癒と自分のIgM低下&ヘモグロビン増加を願う。

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《万霊塔》
 万霊塔ってなに?と思ったら,ペット霊園だった。

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 ここは,深大寺とは別の組織が経営しているのかと思ったが,掲示物を見ると,ここも深大寺グループの経営らしい。
 多角経営で発展する深大寺グループ。

《鳥獣観音》

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《南無十二支観世音大菩薩》

 幟には,幟の寄進者(ペットの飼い主)とペットの名前が書いてあった。
 十二支観世音だと,ネコはサポート対象外となるのか?

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 ここから神代植物公園の深大寺門は,すぐである。

2010年5月28日 (金)

【雑感】待つ!

♪かわいいふりしてあの子 わりとやるもんだねと~(JASRAC未承認)

 通院治療は,いろんな局面で待たなければならない。

 わたしの場合の,通院治療時の標準的な処理待ちは以下のようである。

(1)病院にはいる。
(2)自動受付機の順番が来るのを待つ。(これは,ほとんど待たない)
(3)生理検査受付で順番が来るのを待つ。
(4)採血の順番が来るのを待つ。
(5)内科受付で順番が来るのを待つ。
(6)診察の順番が来るのを待つ。
 これは,血液検査の結果が出るのを待つことでもある。
(7)会計で,計算が終わるのを待つ。
(8)自動支払機の順番が来るのを待つ。
(9)病院を出る。
(10)服薬期間中は,かかりつけの薬局に処方箋を提出し,調剤してくれるのを待つたか子。

 病院にはいってから出るまでの自己最短記録は,1時間20分。
 過去の経験では,採血してから血液検査の結果が出るのに最短でも1時間かかった。いくら医師の手があいていても,検査結果が出ないことには診察は受けられない。
 しかし,このときは,なぜか,あちこちすいていて,採血後45分くらいで,受付番号が電光表示器に表示された。内待合に来てくださいの意味である。

 自己最長記録は,10時間。朝8時に病院にはいって,出たのが18時。
 通院でリツキサン点滴を受けたときである。

 まず診察を受けて,点滴OKの医師の許可をもらう。
 これからが,長かった。
 点滴用ベッドもリクライニングチェアも空いていたものの,ブツが来ない。

 輸液は,薬剤師がリツキサン原液を生理食塩水で薄めて作る。
 作り置きはできないので,オーダーを受けてから作る。カルピスのようなものである。
 所用時間は30分ときいていたのだが,1時間くらいかかった。

 リツキサンの準備ができたからといって,いきなり,リツキサンを点滴するわけではない。

《リツキサンのくすりのしおりより》
<用法・用量に関連する使用上の注意>
1.本剤投与時に頻発してあらわれるinfusion reaction(発熱、
悪寒、頭痛等)を軽減させるために、本剤投与の30 分前に抗
ヒスタミン剤、解熱鎮痛剤等の前投与を行うこと。
2.初回投与時は、最初の1時間は25mg/時の速度で点滴静注を
開始し、患者の状態を十分観察しながら、その後注入速度を
100mg/時に上げて1時間点滴静注し、さらにその後は200mg/
時まで速度を上げることができる。なお2回目以降の注入開
始速度は、初回投与時に発現した副作用が軽微であった場合、
100mg/時まで上げて開始できる。
3.注入速度に関連して血圧下降、気管支痙攣、血管浮腫等の症
状が発現するので本剤の注入速度を守ること。これらの症状
は注入速度を上げた直後から30分以内に発現しやすいので、
十分観察すること。症状が発現した場合は注入速度を緩める
かもしくは中止する。重篤な症状の場合は直ちに投与を中止
し、適切な処置を行う。また、投与を再開する場合は症状が
完全に消失した後、25mg/時の注入速度で投与を開始する。

 リツキサンの前に,副作用防止のために,30分かけて抗ヒスタミン剤を点滴する。
 検温,血圧測定して正常なら,ゆっくりとした速度でリツキサンの点滴を始める。
 1時間後,検温,血圧測定して正常なら,点滴速度を速める。
 速めるといっても,最高速度が200mg/時である。わたしの場合は,総量630mgを投与する必要があった。はじめはおそるおそる微速度で注入するので,リツキサンだけでも,5時間くらいはかかるのである。
 リツキサンの所用時間は,ほかの薬剤のに比べて,かなり長いようである。
 リツキサン点滴が終わっても,すべてが終わりではない。チューブに残ったリツキサンをむだなく利用するために,生理食塩水を点滴して,リツキサンを洗い流す。高価な薬剤なので,一滴たりともむだにできない。これにも15分くらいかかる。
 イベント間では,必ず,検温,血圧測定をして,異常がないかチェックをする。
 点滴が終わるとアラームが鳴るのであるが,それを聞きつけて看護師が来るまでに数分かかることもある。
 いずれもわずかな時間ではあるが,回数がかさめば,トータルではかなりの時間になる。

 すべての治療行為が終わって点滴室を出たのが,17時半くらいだった。
 さらに,会計を済ませると18時,通院治療には強靭な体力・精神力を必要とする。病気なんてしていたら,通院できなくなる。
 ん?なんか変。

 点滴中は,伊坂幸太郎の文庫本を読んで,過ごした。ベッドにあおむけになって,チューブにつながれていないほうの手で,文庫本を保持する。
 次回は,リクライニングチェアを選んで,ノートPCを使ってみようか。
 まぁ,次回がないに越したことはない。

《関連記事》
診察の待ち時間のすごしかた

2010年5月25日 (火)

【病中閑あり】2010年近場の旅・港の見える丘公園のバラ

1.プロローグ

港の見える丘公園・花の名所案内

横浜市 環境創造局 南部公園緑地事務所都心部公園担当 代表的な公園 港の見える丘公園

 ここがバラの名所ということは,花の名所案内で知っていたが,それだけのために出かけるほどの規模ではなさそうだった。
 しかし,近くに山手西洋館という攻略目標が発生したので,セットメニューで踏破することにした。

2.♪I beg your pardon
決行日:2009年5月19日(水)
目標:港の見える丘公園のバラ
 花の名所案内によると,「開花時期:5月中旬~6月中旬」となっているので,見ごろとしては,少し早いかもしれない。でも,同じ見ごろずれでも,しおれた花よりは,つぼみのほうがいい。

 「【病中閑あり】2010年近場の旅・山手西洋館(横浜)」で最後に訪れた横浜市イギリス館は,港の見える丘公園内にある。
 ローズガーデンは,すぐ隣である。

 天気予報では,雨は夜からということだったのに,山手西洋館めぐりをしているうちに,小雨が降りだしてきた。降ったりやんだりをくりかえしているうちに,だんだん,強くなってきた。
 約束が違う。

《ブルーライト》
♪街の灯りが とてもきれいね

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《宴》
京成バラ園芸創生

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《桜霞》
京成バラ園芸創生

 京成バラ園は,バラを育てるのみならず,新品種の開発もしているらしい。

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 ローズガーデンは,全般的に,ほぼ満開,一部つぼみという感じであった。

 港の見える丘公園を縦断して,抜けることにした。

《港の見える丘公園展望台より望む雨のベイブリッジ》

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《フランス領事官邸遺構と風車》

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《マリンタワー》
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 ここまで来ると,みなとみらい線の駅が,すぐそばである。
 山下公園に寄るのがマイルールであるが,雨のため,港の景観もさえない。
 歩きつかれたので,このまま帰りたいとも思ったが,そうこうするうちに雨がやや小ぶりになったので,山下公園に乱入した。

《個室内に便器が三器》

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《山下公園のバラ園》
 マイルールを守って,来てよかった。
 山下公園にも,小規模ながらバラ園があった。

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《マヌウメイアン》

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《宴》

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《オリンピックファイヤー》

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《かもめの水兵さん発祥地記念碑》
 歌詞の発想を得た地を発祥地というのだろうか?
 もう,なんでもありである。

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《雨の大桟橋》

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 大通りのいちょうの若葉をめでながら,関内駅まで歩くことにした。
 雨だけど。><

《神奈川県庁本庁舎(キングの塔)》

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《いちょう歯科》

 胃腸歯科ではない。

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《横浜公園のチューリップ園》
 「【病中閑あり】2010年近場の旅・横浜公園のチューリップ」で訪れたチューリップ園の3週間後の姿である。

 秋に咲く花の種をまくのだろうか?

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2010年5月22日 (土)

【病中閑あり】2010年近場の旅・山手西洋館(横浜)

1.プロローグ
 このあたりに行くのは,30年ぶりか。
 西洋館が,いつのまにか,内部見学できるようになっていた。いつのまにかって,わたしの体内時計は昭和で止まっている。

山手西洋館トップページ|横浜市緑の協会

 山手西洋館を港の見える丘公園のバラの時期に合わせて,踏破することにした。

2.♪恋人もいないのに/薔薇の花束抱いてぇー
決行日:2010年5月19日(水)
目標:山手西洋館
 前日の天気予報では,日中くもり,夜にはいって雨が降るかもという感じであった。
 当日JR石川町駅からスタートした時点では,うすぐもり。
 夏場のウォーキングには,くもりがいちばんいい。
 まだ5月であるが,すでに夏日となる日が発生しており,気分は夏場である。
 ウメやサクラなどの下から見上げる花は,青空を背景にして見たいが,バラのような低木は,くもりでもOKである。
 の,はずだったのだが…。

 

おすすめ見学コース

 

 よい子は,すなおにおすすめ見学コースに従う。
 これとガイドブックのモデルコースを併せよんで,ルートを決める。
 JR石川町駅から港の見える丘公園に向かう。

《ひらがな商店街》
 店名がひらがなの店ばかりの商店街かと思いきや,そうでもない。ひらがなもあれば,漢字もあり。

 後日ぐぐったところ,「終戦後、看板等の店名を子供でも読める様にと、店名の横に”ひらがな”をふって読める様にした事が由来」ということらしい。
 そりゃ,ひらがな商店街じゃなくて,ふりがな商店街ですがな。

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《外交官の家》

 「外交官の家」って,すごいおおざっぱなくくり。

外交官の家

 外交官の家は、ニューヨーク総領事やトルコ特命全権大使などをつとめた明治政府の外交官内田定槌氏の邸宅として、東京渋谷の南平台に明治 43(1910)年に建てられました。設計者はアメリカ人で立教学校の教師として来日、その後建築家として活躍したJ.M.ガーディナーです。建物は木造2階建てで塔屋がつき、天然スレート葺きの屋根、下見板張りの外壁で、華やかな装飾が特徴のアメリカン・ヴィクトリアンの影響を色濃く残しています。室内は1階に食堂や大小の客間など重厚な部屋が、2階には寝室や書斎など生活感あふれる部屋が並んでいます。

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《外交官のバラ》
 港の見える丘公園まで行くまでもなく,庭にはかなりの本数のバラが咲き誇っていた。

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《お手を触れぬようお願いします》

 手を触れなければ座ってもいいのだな。(小学生の理屈)

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《書斎》
 資料,聞き取りから復元した代表的なもの→家具すべて
 って,復元ではなくて,新規作成では?

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《二階の窓から外を見ると》

 雑誌かなにかの撮影?
 あとで,下に降りて,撮影隊とすれ違ったときに聞こえてきた会話によると,ほんもののカップルらしい。

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《残された脚一本から復元》
 そ,それは,ほとんど新作のような。

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《は,はらわたがぁ~》

 すぐに手当てを!

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《ブラフ18番館》

ブラフ18番館

イタリア山庭園の一郭に移築されたブラフ18番館は、関東大震災後に山手町45番地に建てられた外国人住宅です。戦後は天主公教横浜地区(現カトリック横浜司教区)の所有となり、カトリック山手教会の司祭館として平成3(1991)年まで使用されてきました。建物は木造2階建てです。1、2階とも中廊下型の平面構成で、フランス瓦の屋根、暖炉の煙突、ベイウィンドウ、上げ下げ窓と鎧戸、南側のバルコニーとサンルームなど、震災前の外国人住宅の特徴を残しながら、外壁は震災の経験を生かし、防災を考慮したモルタル吹き付け仕上げとなっています

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 ブラフ18番館の庭にベンチがあったので,そこで,持参した駅弁を食べることにした。

《国際ソロプチミスト寄贈のベンチ》
 後日,ぐぐったところ,

ソロプチミストは、実業界で活躍する女性、専門職に従事する女性の国際的なボランティア奉仕団体です。

 とのこと。
 よく,くくりがわからん。

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《鯛めし》
 JR東海パッセンジャーズ謹製。
 写真はイメージです。

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《実態》

 まぁまぁ,おいしうございました。

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《テニス発祥記念館》
 海外から伝来したんだから,「発祥」ではないだろう。
 テニスに興味はないので入館せず。

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《山手68番館》
 隣接するテニスコートの管理事務所となっていた。

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《カトリック山手教会》

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《べーリック・ホール(旧ベリック邸)》

べーリック・ホール

 べーリック・ホール(旧ベリック邸)は、イギリス人貿易商B.R.ベリック氏の邸宅として、昭和5(1930)年に設計されました。第二次世界大戦前まで住宅として使用された後、昭和31(1956)年に遺族より宗教法人カトリック・マリア会に寄付され、平成12(2000)年まで、セント・ジョセフ・インターナショナル・スクールの寄宿舎として使用されていました。現存する戦前の山手外国人住宅の中では最大規模の建物で、設計したのはアメリカ人建築家J.H.モーガンです。モーガンは山手111番館や山手聖公会、根岸競馬場など数多くの建築を残しています。600坪の敷地に立つべーリック・ホールは、スパニッシュスタイルを基調とし、外観は玄関の3連アーチや、イスラム様式の流れをくむクワットレフォイルと呼ばれる小窓、瓦屋根をもつ煙突など多彩な装飾をつけています。内部も、広いリビングやパームルーム、和風の食堂、白と黒のタイル張りの床、玄関や階段のアイアンワーク、また子息の部屋の壁はフレスコ技法を用いて復元されているなど、建築学的にも価値のある建物です。

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《令息寝室》

 創建当時ベリック氏の子息はすでに青年でしたが~小さな男の子の寝室という設定にしました。

 うそじゃん。

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《エリスマン邸》

エリスマン邸

エリスマン邸は、生糸貿易商社シーベルヘグナー商会の横浜支配人として活躍した、スイス生まれのフリッツ・エリスマン氏の邸宅として、大正 14(1925)年から15(1926)年にかけて山手町127番地に建てられました。設計は、「現代建築の父」といわれるチェコ出身の建築家アントニン・レーモンドです。 当時は木造2階建て、和館つきで建築面積は約81坪。屋根はスレート葺、階上は下見板張り、階下は竪羽目張りの白亜の洋館でした。煙突、ベランダ、屋根窓、上げ下げ窓、鎧戸といった異人館的要素をもちながら、軒の水平線の強調など、設計者レーモンドの師匠である世界的建築家F.L.ライトの影響も見られます。

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《山手資料館》
 ここは民営の資料館で入館料200円。
 館内撮影禁止。
 横浜市内で唯一現存する明治時代の木造西洋建築である。

山手資料館 : 神奈川県

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《山手234番館》

山手234番館

 エリスマン邸の斜め前、山手本通沿いに建つ山手234番館は、昭和2(1927)年頃外国人向けの共同住宅(アパートメントハウス)として、現在の敷地に民間業者によって建設されました。関東大震災により横浜を離れた外国人に戻ってもらうための復興事業の一つとして建てられ、設計者は、隣接する山手 89-6番館(現えの木てい)と同じ朝香吉蔵です。
建設当時の施設は、4つの同一形式の住戸が、中央部分の玄関ポーチを挟んで対称的に向かい合い、上下に重なる構成をもっていました。3LDKの間取りは、合理的かつコンパクトにまとめられています。また、洋風住宅の標準的な要素である上げ下げ窓や鎧戸、煙突なども簡素な仕様で採用され、震災後の洋風住宅の意匠の典型といえます。

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《玄関ポーチ》

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《山手111番館》

山手111番館

 イギリス館の南側、噴水広場を挟んで立っているスパニッシュスタイルの洋館が、山手111番館です。ワシン坂通りに面した広い芝生を前庭とし、ローズガーデンを見下ろす建物は、大正15(1926)年にアメリカ人ラフィン氏の住宅として現在地に設計されました。設計者は、べーリック・ホールを設計した J.H.モーガンです。玄関前の3連アーチが同じ意匠ですが、こちらは天井がなくパーゴラになっているため、異なる印象を与えています。大正9(1920)年に来日したモーガンは、横浜を中心に数多くの作品を残していますが、山手111番館は彼の代表作の一つと言えるでしょう。赤い瓦屋根に白壁の建物は地階がコンクリート、地上が木造2階建ての寄棟作りです。創建当時は、地階部分にガレージや使用人部屋、1階に吹き抜けのホール、厨房、食堂と居室、2階は海を見晴らす寝室と回廊、スリーピングポーチを配していました。

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《横浜市イギリス館》

横浜市イギリス館

 イギリス館は、昭和12(1937)年に上海の大英工部総署の設計によって、英国総領事公邸として、現在の地に建てられました。鉄筋コンクリート2階建てで、広い敷地と建物規模をもち、東アジアにある領事公邸の中でも、上位に格付けられていました。主屋の1階の南側には西からサンポーチ、客間、食堂が並び、広々としたテラスから芝生の庭につながっています。2階には寝室や化粧室が配置され、広い窓から庭や港を眺望できます。地下にはワインセラーもあり、東側につく付属屋は使用人の住居として使用されていました。玄関脇にはめ込まれた王冠入りの銘版 (ジョージⅥ世の時代)や、正面脇の銅板(British Consular Residence)が、旧英国総領事公邸であった由緒を示しています。

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 イギリス館のすぐ隣は,港の見える丘公園のローズガーデンである。(続く)

2010年5月20日 (木)

【治療経過】2010年5月

<前回までのあらすじ>(Previously on WM)
----------------------------------
(2007年6月診断告知・病名:原発性マクログロブリン血症=リンパ形質細胞性リンパ腫(低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫の一種)・形質細胞6%(2007年6月)→2007年7月よりアルキル化剤シクロホスファミド(50mg/day)13週間→2007年10月IgM値改善のため休薬→8週間毎検査にて経過観察続行→2008年11月~2009年2月IgM値悪化のためMP療法(メルファラン計120mg)→2009年2月IgM値改善のため休薬→8週間毎血液検査→2009年10月4週間毎血液検査→2009年11月~12月週1回リツキシマブ630mgを4クール→2009年12月シクロホスファミド(50mg/day)4週間→2010年1月CP療法(シクロホスファミド50mg+プレドロニゾン10mg)/day)2週間→(シクロホスファミド50mg+プレドロニゾン5mg)/day)2週間→2010年2月休薬
-----------------------------------
 前回検査値に比べて,総じて成分が薄めという感じです。飲水がきいたか?
 総たんぱくは減ったが,アルブミンも減っている。
 それでも,IgM値の上昇は止まったようです。ぎりぎりの所で,休薬継続です。
 今回のIgM予想値は5000です。高値安定?

処方:休薬継続。

<血液検査結果抜粋>
Chart20100519

 過去のデータは,
重要情報ピックアップ>5.過去の<血液検査結果抜粋>
を参照ください。

2010年5月18日 (火)

【病中閑あり】2010年近場の旅・あざみ野

1.プロローグ
 これまた横浜散歩のガイドブックに掲載されていた散歩コース。
 海に近い所には土地勘があるが,このあたりの内陸部は,わたしにとっては未踏の地である。

2.つつじとさつきの関係が頭にはいらない
決行日:2009年5月14日(金)
目標:あざみ野散策
 小机城址を踏破後,あざみ野にやってきた。この季節,日没時刻が遅く,行動範囲が広くなる。
 ガイドブックのモデルコースに従い,東急田園都市線あざみ野駅からスタート。ゴールは,東急田園都市線江田駅で,ガイドブックによると,6キロ2時間(観覧時間含まず)の旅となる。

《霊泉の滝》
 喘息・百日咳・風邪ひきが治るという湧き水。残念ながら,原発性マクログロブリン血症は,適用外。ふつうの湧き水として,おいしくいただいた。

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《宝剣山観福寺》

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《用のない者立入禁止》
 ガイドブックには,見学自由とあるのだが。
 見学者は,用のある者になるのだろうか。
 自信がないので,山門手前で引き返すことにした。

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《白衣観音像》

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《山門と風神雷神像》

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《荏田宿常夜燈》
 なんと,個人宅の敷地内にある。

横浜市観光情報公式サイト | 荏田宿常夜燈

江戸と大山を結ぶ大山道の宿場として、現在の荏田町の国道246号荏田交差点付近に30余りの宿場が形成されていた。宿場の常夜塔は旅人の道標となった。

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《荏田下宿の庚申塔》

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《真福寺》

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《剣神社》
 お賽銭1円で,家族の病気平癒と自分のIgM低下&ヘモグロビン増加を願う。

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《国道246号沿いのつつじの植え込み》
 本日踏破した所は花の名所ではないので,花には恵まれなかったが,そこかしこにつつじの植え込みが見られた。特に,ここのつつじは見事だった。

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《ゴール!!!》
 18時40分,なんとか,日没時刻近くに江田駅に到着した。

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2010年5月17日 (月)

【病中閑あり】2010年近場の旅・小机城址

1.プロローグ
 4月29日の帆船日本丸見学と5月下旬に予定している山手西洋館見学のために,いまさらながら,横浜散歩のガイドブックを購入した。
 その本掲載の散歩コースに,小机城址があった。

小机城 - Wikipedia

横浜市 環境創造局 自然~緑・花・農~ 市民の森 小机城址市民の森

港北区の南。本丸・二の丸・空堀・土塁などがほぼ原型で残された小高い丘。
中世の城郭を利用した市民の森はここだけ。
小さなアップダウンの多いうっそうとした雑木林や見事な竹林が、戦国の世を思い起こさせる。
うずまき状の小山のてっぺんの富士仙元からは、ぐるりとあたりを見回せて、一国のあるじの気分。
アプローチの家々も、さすがに古く趣があり、時代劇ファンならずとも雰囲気ばつぐん!!

 いろいろ書いてあるが,ただの跡地じゃん。

2.花のなまえがわからない

決行日:2009年5月14日(金)
目標:小机城址

 ローカル線に揺られて,JR小机駅に到着。小机に快速は止まらない。各駅停車の旅。
 ガイドブックのモデルコースに沿って歩くことにする。ただし,遠い寺は割愛。

《小机商店街》
 地方都市おなじみのシャッター商店街。
 まぁ,シャッターの降りている店を選んで写したのですが。^^;

小机商店街

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 ガイドブックに従い,雲松院に向かう。

《臥龍山雲松院山門》

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《雲松院本堂》

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《墓地で遊ぶなと小僧さん》

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《池のそばで遊ぶなと小僧さん》

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《カタクリ?》
 カタクリは,もう終わっているはず。

 花のなまえがわからない。

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 次のチェックポイント,本法寺に向かう。

《本法寺》

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《石造龍吐手水鉢》
 横浜市指定有形文化財。

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 次のチェックポイント,金剛寺に向かう。

《醫王山金剛寺》

 山号に「醫」の文字がはいっているので,医学に縁があるのかと思ったら,本尊が薬師如来だった。

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《寺の境内に稲荷社》
 よくある風景。

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《慈しみ観音》

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《寺ネコ》

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《ネコ,かわいいよネコ》

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《踏み切り》

 最後のチェックポイントの小机城址に向かう。

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《小机城址遠景》

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《小机城址市民の森》

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《タケノコを採らないでください》

 と,とりてぇ~。

 残念ながら,タケノコの季節ではない。
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《市民の森は竹林がほとんど》

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《本丸跡》
 土むき出しのただの広場になっていたので,撮影省略。

《二の丸跡》
 市民の森入口付近で二人組に会った以外は,だれにも会わず。
 何回もくもの糸にひっかかったので,長時間だれも通らなかったのだろう。
 時間が許せば,こんな所で,都会の喧騒を忘れてまったりするのもよいのだが,この日はダブルヘッダー(和製英語)で,次の旅が控えていた。
 早々に,撤収した。

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2010年5月11日 (火)

【病中閑あり】2010年近場の旅・横浜公園のチューリップ

1.プロローグ
 関内駅との行き帰りに何度も通過したことはあるものの,横浜公園が,チューリップの名所だとは知らなんだ。
 
花の名所案内>横浜公園のチューリップ

 JR関内駅から歩いて3分ぐらいの所にある横浜スタジアムにある公園。この公園は、横浜の中では山手公園についで2番目に古い公園で、明治9年に開園した日本初の洋式庭園。チューリップは昭和58年に36種、7千本を植えたのが始まり。今では66種を越える約16万本のチューリップが、植えられている。これは横浜市の緑の推進団体や市民、近隣の地元小学校の子どもたちによって、毎年、秋に植えられたもの。園内の西側から北側にかけての木立のある一帯を埋め尽くすほどのチューリップは、今や春の横浜の風物詩として知られるほどに壮観な彩りを披露している。また、4月の中旬の週末には大通り公園の花壇展とともに「よこはま花と緑のスプリングフェア チューリップまつり」として開催されており、多くの人出で賑わう。

 あそこに,16万本も植える場所があったのだろうか。

2.♪あ~/だから今夜だけは~

決行日:2009年4月29日(木・祝)
目標:横浜公園のチューリップ
 昨年12月の【病中閑あり】2009年花をたずねて三千里最終回・横浜マリンタワーといちょう並木以来のよこはま探訪である。この間,「横浜市」には数え切れないほど行っているが,補足説明なしで「よこはま」と言っていいのは,西区と中区だけである。(俺様基準)
 小笠原も東京であるが,「東京に行ってきました」と言われて,父島母島を思い浮かべるひとはいないだろう。
 当初は,4月16日~18日のチューリップまつりの期間近辺に行くつもりであったが,帆船日本丸の総帆展帆見学が4月29日限定なので,同じ日に行くことにした。チューリップは見ごろ過ぎかもしれないが,まぁまぁ見られるだろう。

 帆船日本丸見学後,横浜公園に移動した。神奈川県立歴史博物館の建物(旧横浜正金銀行本店)を見たかったので,汽車道→馬車道を通って行くことにした。

《期間限定100円飲料》
 観光地なのに100円。逆観光地価格。
 期間限定100円の対象は,伊藤園のみ。

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《汽車道》

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《両側にはつつじの植え込み》
 汽車道には,レールが残されていた。

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《こいのぼり》

 ナビオス横浜(ホテル)にて。

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《なーんちゃって歴史建築》

 横浜第二合同庁舎は,横浜生糸検査所の外観のみを復元したもの。

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《ルネッサンス~》

 神奈川県立歴史博物館(旧横浜正金銀行本店)。
 こちらは,ほんまもんの歴史建築。

神奈川県立歴史博物館HP

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《敷居が高い》

 敷居をまたぐためには,階段を登らねばならない。

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《アップルパイ》

 神奈川の歴史に特段興味はないが,せっかく来たので,入館して見学した。
 館内撮影禁止なので,写真はない。

 歩き回って疲れたので,館内の喫茶室で休憩。
 奥相模りんごパイと飲み物のセットで370円。
 神奈川県産みかんは知っていたが,りんごまでできるとは知らなんだ。同じ県内でみかんとりんごを生産できるとは,すごいのか神奈川県?

ともしびショップ:神奈川県立歴史博物館

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《横浜公園のチューリップ》

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《やっぱり,ひらきすぎ》
 すでに,花が落ちたもの,落ちかけのものが多かったが,まだ持ちこたえている品種も,ほどほどあった。

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《つつじは満開》

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《公園ネコ》
 微動だにせず。

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《日本庭園》

 横浜公園に日本庭園があろうとは,チューリップ踏破の下調べをするまで知らなかった。
 横浜公園の隅っこを占めているだけだから,いままで,すぐそばを素通りしていたのだ。

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《渓流》
 横浜スタジアムのすぐ隣に,このような大自然が広がっていようとは…

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 横浜公園のチューリップ踏破は終わったが,まだ帰らない。この近くに来たときには,山下公園に行って,横浜港を見るというのが,マイルールだからである。

 再び,海に向かった。

《横浜海岸教会》
 日本で最初のプロテスタント教会だそうな。

日本キリスト教会 横浜海岸教会 Yokohama Kaigan Church。

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《春の海》

 のたり,のたり…

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《禁止の四段重ね》

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《理事長賞》

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《関帝廟》

 帰りがけに中華街を通って,関帝廟にお参り。
 中国式の祈り方がわからなかったが,手を合わせて,家族の病気平癒と自分のIgM低下,ヘモグロビン増加を祈る。
 デジカメのバッテリーが切れたので,この写真は別の日に撮影したもの。

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《おみやげ》

奥相模りんごパイ

 (株)オギノパンのサイトでは800円となっているが,神奈川県立歴史博物館のともしびショップで,700円で買った。

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2010年5月 8日 (土)

【病中閑あり】2010年近場の旅・帆船日本丸・横浜みなと博物館

1.プロローグ
 日本丸が横浜に来てまもないころ,外から見た記憶があるが,その時は,まだ内部見学はできなかったように覚えている。何十年も前のことなので記憶があいまいである。
 いつのまにか内部公開されていたことを知り,見に行くことにした。

【帆船日本丸・横浜みなと博物館】横浜みなとみらいにある帆船日本丸・横浜みなと博物館・日本丸メモリアルパークへようこそ

2.おじいさん,おばあさん,わたしがはたを織っているところを決して見てはなりません
決行日:2009年4月29日(木・祝)
目標:帆船日本丸・横浜みなと博物館

 土日祝日は混むので,でかけるのは避けたいところである。まして,この日は,ゴールデンウィーク。しかし,あえて,この日を選んだのにはわけがある。
 年に10回ほどしか行われない日本丸の総帆展帆(そうはんてんぱん)目当てである。

 総帆展帆(そうはんてんぱん)は、帆船日本丸に備え付けてある29枚すべての帆をひろげることをいいます。ボランティアの協力を得て行っています。

 帆船というと,風をいっぱい受けて帆走しているという絵を思い浮かべるかもしれないが,停泊中は帆をおろしている。風が吹いたら,暴走するからね。
 まして,現役引退した船。
 ふだんは,帆を降ろしたじみーな姿しか見ることができない。
 そして,年に10回ほどの総帆展帆は,日曜または祝日限定である。
 さらに,この日は,満船飾もおこなわれる。

満船飾(まんせんしょく)は、船でお祝いのときに国際信号旗(船の通信に使用する旗)を掲揚することをいいます。日本丸では、船首から各マストの頂を通して、船尾まで綴っています。

 スケジュール表によると,総帆展帆と満船飾の同時実施は,この日以外には,海の日だけである。帆船日本丸公開25周年記念式典がおこなわれるからであろう。

 10:30~11:30となっているので,11時ごろ目標でいいだろう。

 横浜みなと博物館の開館10時に合わせて行き,見学終了したら,日本丸を見に行けばちょうどいいのではないか。

《動く歩道》
 桜木町駅より,動く歩道で移動。

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《帆なし日本丸》

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 横浜みなと博物館には,開館の10時ごろに到着した。
 横浜みなと博物館は,館内撮影禁止なので写真はない。
 館内を見学していると,館内放送があり,10時30分ころから,日本丸の展帆が始まり,なんとかかんとかで(聞き取れず),「ありがとう」を3回言うという,わけわからん案内が流れた。
 館内見学を中断して,行ってみることにした。

 あとから調べたところによると,これは,登檣礼(とうしょうれい)と言っていたようである。

登檣礼(とうしょうれい)・・・10:30頃 ボランティアのみなさんがヤードに登って「ありがとう」と皆様に感謝を込めて3回チアリングします。

http://www.nippon-maru.or.jp/event/event.html?y=2010&m=4&year=2010&mon=4&day=29&n=0

 10時30分に行ったのに,司会者が長々と前説していて,なかなか展帆が始まらない。缶コーヒー飲んだり,そのへんを徘徊していたら,やっと始まった。

《こえぇ~》
 雲のあいまから薄日がさしているものの,雨が降り出すという不安定な天候。そのうえ,強風。
 しかし,展帆ボランティアのみなさんが命綱もなしで(そのように見えた),スルスルとはしごを登り,横柱にとりついた。
 先天性高所恐怖症のわたしには,まねできない。

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《三脚一眼レフおやじのみなさん》
 三脚一眼レフおやじのみなさんは,わたしの行くところ,行くところに,先回りしているようである。

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《ありがとう三唱》
 舳先に立ったリーダ?が,まず,「ありがと~」と叫ぶと,それに続いて,他の展帆ボランティアのみなさんが「ありがと~」と叫ぶという図である。それを,三回くりかえす。

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《帆を広げる展帆ボランティアのみなさん》

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《ちゅうとはんぱ》
 雨が強くなってきて,ボランティアのみなさんは下に降りてしまった。
 まだ,帆は完全には広げられていない。雨天中断だろうか。
 再開を待ってられないので,横浜みなと博物館見物を再開した。

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《総帆展帆?と満船飾》
 博物館見物が終わったころには,すでに,展帆作業が終わっていた。
 帆はちゅうとはんぱに垂れ下がったまま。
 風が強いので,半開きのままにしたのだろうか。

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 12時になり,やっと船内見学できるようになった。

《洗濯桶》
 桶が展示物…

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《傘寿》
 傘寿とは,80歳のお祝い。
 帆船日本丸進水80周年だそうである。

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《お手を触れないでください》
 毎朝,真鍮磨きとは,船の維持も大変である。

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《船室》

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《下段ベッド》

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《上段ベッド》
 う,うえで寝てぇ~。

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《触らないで下さい》

 さ,さわりてぇ~…

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《船医室》
 船医が病気になったら,だれが治すのだろう?

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《お手を触れないように》
 さ,さわりてぇ~…

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《キッチン》

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《立入禁止》
 は,はいりてぇ~。

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《昇降禁止》
 の,登り…たくない。^^;

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《横浜市消防音楽隊のみなさん》

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《横浜市消防音楽隊のロケバス》
 消防署のバスはやっぱり赤い。
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 時刻は13時15分,次の目的地の横浜公園に向かった。

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